From 9d35a69ece9320b0e80b275572fd1120cb158beb Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Yuhei Yasuda Date: Mon, 2 Dec 2024 02:17:56 +0900 Subject: [PATCH] fix 2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker --- src/content/blog/2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker.mdx | 6 +++--- 1 file changed, 3 insertions(+), 3 deletions(-) diff --git a/src/content/blog/2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker.mdx b/src/content/blog/2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker.mdx index 8733515..1fcca8c 100644 --- a/src/content/blog/2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker.mdx +++ b/src/content/blog/2024-12-01-i-am-not-a-visual-thinker.mdx @@ -126,7 +126,7 @@ twitterCard: summary_large_image 調査の結果、機械エンジニアにとっては、外観と性能は密接に関係しているようだった。それぞれの椅子の機能性を美しさと一緒くたに評価する傾向があった。ところが工業デザイナーは、美しさと機能性を分けて考えた。つまり、エンジニアにとって形と機能を切り離すことは難しいが、デザイナーは美しさと機能性を上手に区別した。 -この研究から、美しさと機能性は見る人によって大きく評価が異なることが明らかになった。さらに言えば、機械エンジニアは空間視覚思考タイプで、工業デザイナーは物体視覚思考タイプと推測できる。 +この研究から、美しさと機能性は見る人によって大きく評価が異なることが明らかになった。さらに言えば、機械エンジニアは空間視覚思考タイプで、工業デザイナーは物体視覚思考タイプだと推測できる。 --- @@ -136,9 +136,9 @@ twitterCard: summary_large_image 視覚的な情報を読み取ることが苦手だという心当たりはある。子供のころから母には「物をよく見ていないでぼうっとしている」と言われてきた。酷い方向音痴でもあり、道を覚えるのはめっぽう苦手だ。地図を見ても位置関係を理解するまでしばらくかかる。ついでに言えば、人が良いと言う絵や写真を見てもいまいちピンとこない。 -自分の両親の思考タイプはどうだったか。母はたぶん言語思考と物体視覚思考の混合タイプで、よくしゃべるが言葉に厳しく、僕がおかしな日本語を使ったり要領を得ない話をしたりするたびに目ざとく非難した。絵を描くのが得意で製図の仕事をしていた。父は空間視覚思考者で、経理の仕事をしていて、家ではいつもパソコンの前にいた。父とはまともな会話をした記憶がない。母が僕に施した美術的教育は実を結ばなかったが、シビアな言語感覚は受け継がれた。 +両親の思考タイプはどうだったか。母はたぶん言語思考と物体視覚思考の混合タイプで、よくしゃべるが言葉に厳しく、僕がおかしな日本語を使ったり要領を得ない話をしたりするたびに目ざとく非難した。絵を描くのが得意で製図の仕事をしていた。父は空間視覚思考者で、経理の仕事をしていた。家ではいつもパソコンの前にいて、父とはまともな会話をした記憶がない。母が僕に施した美術的教育は実を結ばなかったが、シビアな言語感覚は受け継がれた。 -これまで僕が仕事をしてきたデザイナーの中には物体視覚思考者が多かったことは想像に難くない。その物体視覚思考者が作り出すものが、言語思考者にとって易しくないものであることは、ごく自然な帰結に思える。要するに、情報取得に伴う認知負荷の形が違うのだろう。そうした相手の感覚に覚えがないから齟齬が生じる。 +これまで僕が仕事をしてきたデザイナーの中に物体視覚思考者が多かったことは想像に難くない。その物体視覚思考者が作り出すものが、言語思考者にとって易しくないものであることは、ごく自然な帰結に思える。要するに、受け取りやすい情報の形式が大きく違うのだろう。その感覚に相手との齟齬があるという意識がないから、話がすれ違う。 では、UI表現のパターンについて、僕が人一倍厳密に考えてしまうのはなぜだろう。これは空間視覚思考者としての傾向が働いているせいだと解釈できないか。普段から物事を抽象的に捉える癖があり、目に見えるものもパターンで認識しようとする強い意識がある。だからこそ、細微な違いにつまづいて意味を取り違えてしまうことも多い。それがある意味、僕の融通の効かなさを形成している。